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  • を食べる時にいくつかの疑問がある。鮨はどのような順番で食べるのが良いのだろうかと言うのもその一つであろう。ありきたりの答えであれば白身の魚から握ってもらい次に季節の貝類、マグロの赤身や中トロを食べコハダなどで一度口の中をさっぱりさせてアナゴなどの煮物、巻物と卵焼で一通りとすると言う事に成るのだろうか。要するに味の薄い物から濃い物にガリ等で口直しをしながらと言ったもっともらしい話になる。

    その質問を鮨店の亭主にすると意外に答えはまちまちである。久兵衛のような有名店でも常連客には中トロやトロから握って出す事もある。その日の自慢のネタをまず食べてもらいたいと言う事であろうか。お任せと言って職人さんに季節やその日の仕入れによってみつくろって握ってもらえば世話無しではあるがせっかくなので好きな物を好きなように頼むのも良いのではないだろうか。と言ってもサア何から握りましょうかとかまえた時にいきなり巻物から頼まれてがっかりしたと言う話も聞いた事がある。実は私もこの質問をされる事があり自分なりの答えは店によって違うと言う事になる。例えば神保町鶴八ならまずカスゴからしおむし(蒸鮑)〆はオボロを海苔巻きで。銀座新富すしならシャコ、ハマグリ、アナゴ、アワビの各煮物ネタを中心に、最後は干瓢巻に山葵を効かせて。柳橋美家

    古鮨ならとろける穴子と卵焼き、〆は太巻き風の鉄火巻。

    しかし実際鮨屋のカウンターに座り好きなように頼むとなると懐具合が許してくれない。正直なところ我々庶民にとって鮨の値段と言う物が一番気になるところである。したがって次の疑問はすしの価格ということに成る。だいぶ以前の話に成るがあるマスコミが鮨屋の値段について次のような調査実験をした事がある。学生風の若者男子2名と中年の恰幅の良い男性と垢抜けた女性のペア二組が、注文をして食べる鮨の種類と数、飲み物を何本飲むか打ち合わせて別々にお店に入る。少し離れてカウンターに座り男子2人はおとなしく、男女ペアは板さんにビールを勧めたりして歓談し同じような時間に店を出る。果たして支払った金額の結果は如何に。気になるところかと思うが、結果はご推察のとおりであったとだけ申し上げる事にする。

    鮨店にとってはネタの原価は季節や仕入れの状況で異なるのも事実であろう。食べる順番等は気にせず、価格も前もって分かる1人前を頼んで楽しむのが一番のようにも思える。懐具合が許せばそれに1、2貫その日のお勧めを頂くのも良いだろう。

  • 内で今も続くもっとも古い鮨店は神田小川町の「笹巻けぬきすし総本店」と言われている。元禄15 年創業とあるので300年以上の歴史がある事に成る。

    今に言う江戸前鮨とは異なり酢飯を俵型の握り飯のように形作り酢でしめた魚を乗せ名前のとおり笹で巻いた鮨である。日持ちを意識してかなり強く酢を利かせ保存効果のあると言われる笹で巻いたのもその為と思われる。

    毛抜き鮨の由来は毛抜きにて魚の小骨を抜いて鮨を作ることからそう呼ばれるようになったとされている。酢飯の握り具合等は押し鮨に近いようにも見えるが現在の握り鮨の原型のようにも思われる。季節によって鯛や白魚、コハダ等の魚に卵焼きやオボロ、干瓢の海苔巻きをセットにして一人前としている。この店の由来書には安宅の松の鮨、両国の与兵衛と共に江戸3 鮨と言われ広く通人の味覚を喜ばせたとある。

    ところでこの書に出てくる江戸三鮨「松の鮨」とはどのような鮨店だったのであろうか。記述に寄れば文政13 年喜多村信節「嬉遊笑覧」に文化の始め頃深川安宅六軒堀に開業した松が鮨( 松の鮨) により世上鮨の風一変しとある。この一変には上方の押し鮨から江戸中のすし店が握り鮨に変わったと言う一変と高額の鮨を売り出し他の鮨店もこれに倣ったと言う二通りの解釈がある。これにより松の鮨が江戸前鮨の元祖であると言う説もある。主人の堺屋松五郎にちなみ安宅の松五郎の鮨を通称として松の鮨が後に店名に成ったとされている。歌川国芳の錦絵にも登場したとされるが高級を売り物とした為、興兵衛(与兵衛)と共に倹約令にかかり、手鎖にされたとある。その後の記録は定かでない。

    東京で歴史のある江戸前鮨店と言えば鐘は上野か浅草かで有名な浅草弁天山鐘付堂にある弁天山「美家古すし」もその一軒である。

    創業は慶応とあるので江戸時代から続いている事になる。江戸前の伝統ある仕事をする事でも有名で穴子を白く煮るさわ煮を始め江戸前の仕事を施した鮨が味わえる名店である。銀座「すし栄」は嘉永元年(1848)創業とされており江戸前鮨店としての歴史は最もあるとされている。初代栄蔵が神田で創業しその後昭和になり銀座に移ったとされる。この店は歴史は古いが最先端のサービスを取り入れている。ホームページにその日に客に提供するネタをリアルタイムで映像と説明付で紹介するシステムである。今日は壱岐で取れたマグロが入荷しているとか三陸産の鮑が美味しそうとか夕方客が本日のネタを下調べして出かける事が可能となる。一昔前では考えられないサービスであり、新し物好きの江戸っ子もびっくりである。

  • の語源は酢と米を表す酢めし、魚と酢の鮓等と言われている。その始まりは塩漬けした魚に米を使い発酵させて作る保存食であったとされ、滋賀県琵琶湖周辺で食べられる鮒鮓が今に残るもっとも古い形の鮨と言われる。もっとも江戸前握り鮨とはまったく異なる物である。このような魚に塩をして米を使い乳酸発酵させた鮨は熟れ鮨と呼ばれる。

    江戸における鮨は熟れすしから半熟れずし、押し鮨、早鮨、握り鮨と変容してきたという説がある。江戸で鮨が普及した理由の一つに酢が安く多量に手に入るように成った事があげられる。知多半島半田村の地において中埜又衛門が酒粕から赤酢を作る製法を開発し江戸に持ち込んだ。現在の愛知県半田市のミツカン酢である。両国にある「政五すし」の店先には「江戸の粋薫りただよう山吹の」句が掲げられている。

    この山吹とは古く江戸前鮨に使われ今も江戸前鮨に最も適していると言われる三ッ判山吹の事である。鮨用の酢を製造し発展した醸造酢メーカーは東京及び周辺にも多くある。現在も赤酢のブランドとして有名鮨店で使用されている「珠玉」等の製造元横井醸造。多くの鮨店で支持されている私市醸造が知られている。鮨店のこだわりの合わせ酢がこれまたこだわった米とあいまって鮨飯の味を決める。生姜の酢漬けガリも鮨には付き物で魚の生臭さを消す効果もある。前に食べた握り鮨の味をガリで一旦消し口の中をさっぱりさせて次のネタを味わうのが通とされる。鮨につける醤油も江戸前鮨が出現したとされる文化、文政の頃に既に江戸市中では広く利用されていて江戸前の鮨を引き立てたとされる。醤油が普及する以前は煎酒と言われ酒に梅干を加えて煮つめた物が使われていた。これに削り節や味噌から作る溜まり等を加えこして使う工夫もされたらしい。江戸伝統の仕事では醤油をそのまま使うのではなく酒や味醂、出汁を加え煮きりにして握られた鮨種の上に刷毛でひと塗りする。そうする事により食べ手は醤油に鮨を浸す事無く口に運ぶ事が出来る。

    ワサビも鮨には欠かせない薬味である。江戸前鮨では伊豆の天城産が良いとされる。鼻にツンと来る刺激があり付けすぎると涙が出るので鮨店ではナミダと言う符丁で呼ぶ事もある。鮨店では符丁で呼ぶ事が多くお茶を上がりと呼ぶ。花柳界では客が来ない事をお茶を引くと言い縁起が良くないとされる。客に最初に出すお茶を出花、最後に出す場合を上がり花と言ったがそれが略されて上がりになったと言う説がある。酢めしをシャリと呼ぶのは白くつやのある米粒がお釈迦様の骨である仏舎利を連想させるから。玉子焼きをギョクと呼ぶのは玉子の玉の音読み、カッパ巻きは河童の好物とされる胡瓜を海苔巻きにした物。アワビを片思い、シャコを車庫とかけてガレージとなるといささかダジャレの感がある。

  • のネタに何処の鮨店でも必ず玉子(鶏卵)焼きが置いてある。一人前の鮨桶に盛り込まれた場合は玉子の黄色はとても見栄えが良く全体の彩を華やかにする。何故本来魚を使う江戸前鮨に玉子が使われるのか。関西の押し鮨に使われていたから、高級感を出すため当時高級品であった玉子が使われた等々諸説があるが定かではない。しかし鮨店にとって玉子焼きは職人の腕の見せ所でもあり特に江戸前を看板とする鮨店では並々ならぬこだわりを持って焼き上げられる。客もまたその店の特長ある玉子焼きを楽しみにしている。一通り鮨をつまんだあと最後に甘味のある玉子焼きをデザート代わりにするような要領で食べられる事が多いようである。むら無く焦げ目を付けて焼き上げる物、焦げ目をつけず玉子本来の色を生かす物。薄焼きや厚焼き、だし巻きもあればカステラのように甘い物もある。握り方もそれにあわせ厚焼き玉子の真ん中に包丁を入れ馬につける鞍のように握る、くらかけ。握った玉子焼きに海苔で帯をかけたり玉子焼き自体に切れ目を入れ中に鮨飯を詰めたりもする。銀座寿司幸本店ではハンペンで有名な日本橋の神茂よりハンペンになる前のサメの身をペースト状にすった物を分けてもらいそれをベースに玉子焼きを作ると聞いた事がある。

    以下各有名店の玉子焼きを紹介する。実際の作り方や焼き方は企業秘密が多いので参考程度と考えて頂き機会があればご自分で確認して頂きたく思う。

    新橋 しまだ鮨
    シバエビすり身入りだし巻。
    九段下 寿司政
    ヒラメのすり身入り焦げ目をつけない。
    八重洲 おけい鮨
    玉子のみで中がトロリとした食感。
    四谷 纏寿し
    だし巻にエビオボロを乗せて出す。
    すきやばし次郎
    シバエビすり身に山芋入り。
    神保町 鶴八
    コバシラのすり身入り。
    銀座 鮨からく
    ハモのすり身と山芋入り。
    谷中乃池
    片面に焼き色を付けた薄焼きでエビオボロを包む。
    銀座 天川
    シバエビとタイのすり身、ハモ、アマダイを使う事もある。

    ざっと上げただけでも各店特長のある仕事が施されている事がご理解頂けると思う。

    一昔前に子供に人気のあるも物の代表として「巨人、大鵬、玉子焼き」と言われた事がある。巨人とはプロ野球の人気球団、大鵬は昭和の名横綱、玉子焼きは同じように子供を始め広く人々に指示される。鮨には日本人の好きな魚と共にその玉子焼きがネタの一つとして使われている。計算されての事ではないにしても鮨は万人の指示を受けるべくして好まれる食べ物かもしれない。

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