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  • 代は食べ物で季節を感じることが出来にくく成って来ている。野菜一つにしても一年中出回る物も多くそれが本来夏野菜であったか冬が旬であったか分からなくなってしまった感がある。かろうじて季節を感じられるのは春の竹の子、秋の松茸位の物であろうか。鮨においても全国はおろか世界中から集められた魚を使って握られるのであるから季節を感じ取る事は難しい。しかし良い鮨職人は常により良いネタを仕入れる事に心血を注いでいるのでどの季節に何処のどの魚が美味いかを熟知している。取れる場所によっても時期が変わるが鮨職人の話しでは最近は魚が取れ始める時期が早くなっているとの事である。

    又取れる場所も北上傾向にあるらしくこれも温暖化の影響なのだろうか。江戸前鮨の話でもあるので築地市場における魚の旬を聞いてみた。

    春はカツオ、マダイ、サヨリ、シラウオ。夏はマアジ、カンパチ、マアナゴ、シマアジ。秋はマイワシ、コノシロ、ホシガレイ、イシガレイ。

    冬はヒラメ、ブリ、本マグロ、クエ。その他鮨ダネではタコ、シバエビ等が10〜1月アワビは8〜10月。イカ類はアオリイカ5〜8月スルメイカ7〜9月ヤリイカ10〜3月と鮨店では使い分けているらしい。もっともカツオのように秋の戻りガツオの方が脂が乗って美味いという人もいるしサヨリも9 月が旬と言う話もある。ともあれ日本料理は季節を味わうと言われ四季のある国が育てた料理に他ならない。鮨を食べるのであれば是非季節を目と舌で味わいたい物である。なじみの鮨店から生のトリガイが入りました。シンコが初入荷されました等と知らせがあれば鮨好きであれば何を置いても駆けつけるのではないだろうか。最近の若い人たちが好きな鮨ダネのNo.1にサケ(サーモン)を上げていると聞きおどろいたものである。私の頭の中には北海道等でルイベにして食べる

    事はあってもサケを生で鮨ダネにして食べると言う感覚は無かった。生食用のサケはノルウエーからの輸入であるらしい。以前ノルウエーを旅した時にノルディックサーモンのマリネや、スモークサーモンを毎日のように食べ良いサケである事は実感した。しかしそのつど、このサケを塩鮭にして食べたらどれ程おいしいだろうと思ったものである。実際ノルウエーの列車の中で特別に日本人の飲食店で作ってもらったサケの塩焼き弁当を食べたのだがこれば真に美味しかった。このサーモンの鮨は若い人ほど好む傾向にあり40代より上の年齢の人には好まれないと言うデーターもある。統計からすればサケを生で食べる事へ抵抗があるのは年寄りと言う事になる。今や江戸前鮨に欠かせないイクラやウニも元々江戸前鮨のネタには無かったものである。それを考えれば近い将来サーモンが江戸前鮨の看板ネタと成ってもおかしくは無いのだが、少し複雑でもある。

  • 京日本橋のたもとには魚市場発祥の記念碑が建っている。この碑文には今の日本橋室町の一帯はことごとく鮮魚の市倉なりとあり魚河岸はこの辺りにあったとされる。

    江戸時代の初め徳川幕府は江戸城内の台所をまかなう為大阪佃村より漁師を呼び江戸湾内で漁をする特権を与えた。漁師たちは取れた魚を幕府に納め残りを日本橋で売るようになりそれが魚河岸の始めとされる。江戸時代中ごろには魚河岸では日に千両の金が動くと言われるまでになった。大正12年9月関東大震災が東京を襲い多くの被害を出した。日本橋一帯も焼き尽くされ魚河岸はその幕を閉じた。震災直後は芝浦に仮設市場が設けられたが交通の便が悪く海軍省から築地の用地を借り受け東京市設魚市場とした。

    昭和10 年にその築地の地に東京都中央卸売市場が開設されこれが現在に至る東京都民の台所、築地市場である。平成17年の実績統計では一日3,350トン金額およそ21 億円が取引されている。

    江戸前鮨の話をするならばこの築地の鮨店の話もしなければ成らないだろう。全国から集められた新鮮な魚が最も手に入りやすい所である。築地場内で人気店といえば、「すし大」、「大和寿司」、が上げられる。いつも行列が出来る鮨店である。「岩佐寿し」、「鮨文」等も評判が良いようである。本来市場へ仕入れに来る鮮魚店や料理店、場内で働く人向けの店であったろうが今や観光名所的になって来ている。買い物ついでの主婦たちや築地見物の外人さん等で賑わっている。場外では都内や全国に店を広げている「寿司清本店」やグループ店舗を多く持つ内の一店「築地黒瀬鮑」等の人気が高いようだ。新鮮なネタを比較的リーズナブルに提供している所が受けているのだろうか。朝早くから開く店もあればチェーン店の「つきじ喜代村すしざんまい」のように明け方まで営業している店もあり一日中鮨が食べられる。価格共々TPO に合わせた鮨の町でもある。市場の喧騒を少し避けてゆっくり鮨を楽しみたいならば「築地江戸銀」や「すし岩」等の老舗鮨店が良いだろう。江戸銀はアナゴに火を通さず薄作りにしポン酢で食べさせたり当時ボイルがあたりまえであったタコを生で握ったりして評判を得た。すし岩は築地にあって江戸前の丁寧な仕事をする鮨店として鮨通に好まれた。評判を得て一時店舗を増やし拡張路線に走ったが今は適正な規模に戻し暖簾を守っている。昔からの常連客が戻りつつあるようだ。

    鮨好きとしては応援したい2件である。

    この築地市場も平成28年には豊洲に移転する計画があり場内及び周辺の鮨店は今後どうなって行くのだろうか。築地イコール新鮮な魚、美味しい鮨のブランドイメージも変わって行くのかも知れない。

  • 戸前鮨は伝統を守りながらも明治以降変化を続けている。同じ江戸前の鰻店が原材料の鰻が養殖物になった以外技法も形も、味付けも殆ど変化していない事を考えれば対照的かもしれない。昔は食べなかったトロを好んで食べるようになり、イクラやウニも軍艦巻きや手巻き鮨にして食すようになった。バブル全盛期にはスシバーなるものが流行りそこでの人気ネタが鮨好きを驚かせた。アボガドを使ったカリフォルニヤロール成る物やツナマヨネーズやエビマヨネーズ、フォアグラやキャビアも鮨として登場した。海を渡った日本の鮨が変化して逆輸入されたものである。江戸前を売り物にする鮨店で、もしそのような物が出されたら、おそらくその店には二度と通わない事になるだろう。

    しかしスシバーで出されるそれは江戸前鮨とは異なる食べ物ではあったがそれなりに食べる事は出来た。いやフアッション性のある洒落た雰囲気の店内で間接照明の下ワインと共に頂けば実に美味しいという事になる。あまりに変化が大きすぎて付いていけなかっただけなのかもしれない。

    ネギトロと言う鮨ダネがある。何処が始めた物か定説は無いが、鮨ダネの一つとして持ち帰り鮨を中心に定着した感がある。下町の気取らない店でありネギトロ巻きを世に広めた店ではないかと思う鮨店がある。池波正太郎の生まれた浅草聖天町の近く吉野町に店を構える「金太楼鮨本店」である。

    修業に来た職人に暖簾分けをして独立させるべく仕事を教える。見習い職人はいつか自分の店を持とうと一生懸命働いて仕事を覚え店も繁盛した。ここの職人が全国鮨コンクールの各部門で上位を独占した事もある。一本買いしたマグロの中骨に付いたいわゆる中落ちや策取りした跡の切れ端に刻みネギを加え叩いた物を海苔巻きにした。

    以前は処分してしまった部分を工夫して食べるとなかなかの味であった。刻んだ沢庵と混ぜても巻き鮨としたがこれも美味しい。北海道札幌の名店「すし善」の名物にもなっているトロタクである。またこの店は軍艦巻きに抹茶アイスを乗せたアイスクリームの鮨も出し女性や子供に人気をはくした。突拍子も無い事を考える物であるが技術に裏打ちされながら伝統にとらわれない愉快な店でもある。最近では都内の鮨店でも駿河湾特産のサクラエビの生を乗せた軍艦巻やノレソレと言ってアナゴの稚魚を軍艦巻で出す店もある。

    ちなみにノレソレは高知県あたりで使われる方言らしい。京漬物の千枚漬を握ったり、九州あたりで食される芽ネギを握った鮨もある。フグやアラを名産とする地方ではこれらの高級魚も鮨にした。これらは江戸で生まれた江戸前鮨が地方に根付き地方の特産品をネタにして本家に戻ってきたという事になる。近頃は世界寿司コンテストなるものがロンドンで開催されているらしい。

    世界各地域や国から自慢の鮨を一品勝負で競い合うコンテストとの話である。宮城県の「あさひ鮨」でそのコンテストで世界一になったと言う鮨を握ってもらったことがある。

    あさひ鮨は地元気仙沼の特産品フカヒレを使った鮨を名物として知られた店である。この店の職人が国内予選を勝ち抜いてコンテストに参加し優勝したとの事であった。その鮨は軍艦巻きに特産のフカヒレを乗せたものであったがフカヒレの上に金粉が飾ってあり食べるとなんとシリアル(コーンフレーク)が口の中で広がった。

  • 戸前鮨に欠かせない食材として海苔がある。江戸前海苔の代表としては浅草海苔や品川海苔が知られている。原種としてのアサクサノリは野生種として日本の太平洋側各地の内湾に分布していた。色が赤めで肉質が柔らかく独特の磯風味があるが水質汚染等に弱く育てにくい。現在は養殖海苔の殆どがスサビノリとなっている。スサビノリは色が黒いのが特長で病害にも強い。アサクサノリの野生種は干潟が埋め立てられ減少し環境省のレッドリストに絶滅危惧類とされている。

    浅草海苔の名の由来は江戸浅草で製造販売された為と言う説がある。海苔を抄くのは紙の産地でもあった浅草の和紙を抄く技術が取り入れられたという話もある。上野寛永寺の天海上人が命名し江戸名物にしたとも伝えられる。

    おそらく商売上当時江戸の発展と共に名を知られた浅草をブランド名として冠し江戸名物としたのではないかと思われる。

    現在は有明海産の海苔が主流となっているが、鮨店によってはきめ細かい瀬戸内産を選んで使っている店もある。海苔巻きには海苔を1 枚使用する太巻きと半分使用して巻く細巻きがある。昨今は中巻きといわれ主にテイクアウトの鮨等で作られるものもある。海苔になじみの無い外国では海苔の色等見栄えに抵抗があるようで、海苔を内側にして裏巻きと言う技法もある。海苔巻きと言う言葉を使ったが、江戸前鮨では巻きすしが正しい言い方となる。通常は鉄火巻やかっぱ巻きのような細巻きである。

    昔は関西に細巻きはなく、江戸前鮨がルーツと思われる。江戸前鮨では海苔を炙って焼き海苔の状態で巻き焼いた海苔の香りを楽しむ。破れやすく巻きにくい焼き海苔を鮨職人がその技術で素早く巻き上げる事により歯切れの良いパリッとした食感が味わえる。巻き鮨の芯として代表的なものにカンピョウ(干瓢)がある。カンピョウはウリ科の夕顔の実を細く削り、平たい紐状にして乾燥させた物である。今は全国生産の98パーセントが栃木県で作られる。水はけの良い関東ローム層と名物の雷による夕立の雨が夕顔の栽培に適しているとされる。鮨ネタとなる魚や貝、甲殻類には各種アミノ酸、DHA、タウリン等色々な栄養素が含まれるが如何しても繊維質やビタミンCが不足する。カンピョウは食物繊維やカリウム等ミネラルが豊富であり、海苔にはビタミンAを始めB1、B2、E、C も含まれる。

    握りの他に巻き物としてカンピョウやカッパ巻きウメシソ巻き等を加える事により栄養学的に必要な栄養素が含まれた食べ物となる。カンピョウ巻きを食べたり最後にウメシソ巻きで口の中をさっぱりさせるのは栄養的にも理にかなった食べ方と言える。私の場合はカンピョウ巻きにワサビを利かせてもらい最後の注文として頂く事が多い。

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